バカで有害な人間の一人として


確信しているのは、

人間は、根本的にバカな動物であること。

そして、人間は地球上で最も有害な存在であること。

 

にもかかわらず、人間として生きることに何の意味があるのか、ずっと考えている。

もし慈悲深い正義の神がいるのなら、一体何を求められているのだろうかと。

 

若い頃は、人間の考え方を変えてやろうとまじめに思ってた。

でも、そんなこと自分にできるわけないとはっきりわかった今、努力目標の設定にすら悩んでしまう。

何をやっても、アホらしく無意味に思える。

 

地獄が怖いから、正しく生きたい


できるだけ正しく生きたいとは思ってる。

それは、正直、地獄が怖いというのが最大の理由

(バカで有害な人間の中で直接被害も受けながら、見返りもなく善良であり続けようと思うほどの立派な良心は、残念ながら持っていない)。

もし天国と地獄が実在するなら、ほとんど全員が間違いなく地獄行きだと信じてるけど、少しでも罰のゆるい所に納まりたいから。

 
死んだ後のことはわからないので。

もちろん、死んで土になるだけなら、それでよいのだが。

 
で、こんな人間社会で無力な私がどう生きれば、正しいのか。


今の時代、勤勉に働けば、すぐに地球を害する場合がほとんどだろう。

物を売るだけでも、輸送に二酸化炭素を放出し、最後はゴミを増やす。

それが正しいのか。

そもそも、バカで有害な人間と協力しなければ生きていくこと自体がむずかしいが、それが正しいのか。

一方で、税金払わずに恩恵だけ受けるのも、確実に地獄行きだろう

(私は怠けてるつもりはないが。お金になっていないだけで)。

 

何が正しいかは、死ぬまでわからない


子供の頃にウルトラマンや仮面ライダーなどから学んだ「正しさ」とは、違った「正しさ」が現実社会では尊重されていると、生きてみてわかった。

わけがわからなくなり、真の「正しさ」を探して、古典の名著を読み込んだ。

そして、自分なりに確信は持った。

けれども、どんな高潔な天才が書いたとしても、所詮、それらは(バカな動物にすぎない)人間が考えた「正しさ」だから、絶対のものとは言い切れない。

大昔から語り継がれた「神の言葉」とか名打ってるものも、書いたのはすべて人間のはず。

 

だから、実は、何が正しいのかということも、死んでみないとわからないのかもしれない。

 

ひょっとしたら、死後の世界でも、現世と同様、お金を稼いだ人が正しいとされて、天国に行き祝福されるのかもしれない。

逆に、私みたいにグジュグジュ考えて、金も稼がず子供も作らなかった人間は、最悪の地獄で永遠の苦しみにさいなまれるかもしれない。

 

結局は何もわからないのだから、自分がよいと思うように生きるしかないだろう。

完全な賭け。

それで結果最悪なら、仕方ない。

対策の立てようが全くない。

 

ならば、人生アホらしく無意味だと思ってる方が、よっぽど幸せじゃないか。

何をしようがしまいが、どうなろうが、何でもいいわけだから。

自分が納得いくように、好きにやるだけ。

餓死するまでは生きたいように生きてやるって覚悟でどうだ?

ありがたいことに、最期は熱中症でも死ねる、よい時代になった

(実際、ガンとかで長期入院して医者に大金取られた上で死ぬより、よっぽどよいだろう)。

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